【Next Evolution合同会社代表 成田寛】バランス力を武器に、人生を豊かにかっこよく生きる

インタビュー

 「営業マン」と聞くと、常に数字を追い求め、売り上げを出すことに心血を注ぐような人物をイメージするかもしれない。しかし、Next Evolution合同会社代表の成田寛なりたかん (38)が考える「理想の営業マン」は、全く異なる姿をしている。

ドライバーから営業マン、そして独立へ

 成田が生まれたのは1987年の大阪豊中市。当時両親が勤めていた会社の会長が名付け親だ。しかし、どういう理由で名づけられたのかは、成田本人も知らないという。
「『ひろし』じゃなくて『かん』と読みます。小説家の菊池寛と同じですね。地元の友人には『ナリカン』と呼ばれています。だいたい芸人の間寛平の寛だよ、というと皆さん『ああ!』と理解してくれますね(笑)」
 バブル全盛期に生まれ、その後1990年代から始まるバブル崩壊とともに幼少期を過ごした。少年の頃は常にはしゃいでいるタイプだったという。
「実は、そういう子の方が気持ちがグラグラしていますよね。私もそうでしたが、メンタルの振り幅が広く、がっと盛り上がるときとそうでないときの落差に、自分自身も苦しんできました」
 幼少期に味わったメンタルの振り幅からくる苦しみ。これが、成田の人生観につながる大きな経験のひとつとなる。野球に打ち込んだ学生時代を終えると、成田はトラックドライバーの職についた。待遇は、問題視され始めた現代と大差ない。トラックドライバーの稼ぎだけでは心許なく、並行して運転代行のバイトもした。顧客の多くは、企業の経営者。自然と経営の話を聞けたのも、成田にとっては大きな経験だった。

「成田、お前は絶対営業をやれ」

 お得意様の経営者に、顔を合わせる度に言われた。自分が営業なんて。最初は聞き流していた。しかし、何度も繰り返し聞かされるその言葉に、興味をもっている自分に気づく。
「26歳で結婚したのですが、妻には双子の子どもがいました。これから自分の子どもも生まれ、4人を養う一家の大黒柱になるという状況。どちらかというとピンチでしたね。だからこそ、1度挑戦してみようと思い立ちました」
 やるだけやってみたい。営業の世界に足を踏み入れた成田は派遣社員として通信回線を商材とした営業を行うことになった。これが現在に続く「営業マン成田」の、そしてNext Evolutionのルーツとなる。場所は家電量販店。基本的な営業スキルや知識を学び、ついには自らの足を使った訪問営業を行えるほどスキルアップしていった。しかし、順調そのものだった成田にまたも転機が訪れる。
  2020年4月6日は、奇しくも成田の33回目の誕生日だった。安倍晋三元総理が新型コロナウイルス感染症の流行を受け、緊急事態宣言を発令すると発表した日である。

 街が、人が、すべて止まった。

「人に会うことが出来なくなって、当然営業も出来なくなりました。30代に入り『人生このままでいいのだろうか』という漠然とした悩みを感じていたタイミングでの緊急事態宣言。ただひたすら、時間だけがある。じっくりと自分と向かった結果、これはむしろチャンスなんじゃないか、と独立を決意したんです」
 その場に留まる不安より、進まない不安が勝ったのかもしれない。決めてしまえば突き進むのみ、という現在のスタイルも、この時期に揺らぎないものとして形成された。
 成田にとって印象的だった仕事がある。コロナ禍の中、それでも人々は経済活動を行うべきと足掻いていた。「三密」を避けるために行われたホームセンターの駐車場で行われた通信回線相談会イベント。成田も営業マンとして参加した。少し寒い時期、お互いを気遣って距離を取りながらも、人々は会話し、笑い合っている。これだ。自分はこれが見たいのだ。喜ぶ客の笑顔が、成田の心をさらに燃え上がらせた。

仕事、メンタル、人生。すべてはバランス

 成田は企業ビジョンを「豊かな人生でかっこよく生きる」ことと定めた。
「営業というと、やれ契約だやれ金額だ、と数字にばかりに目がいってしまいがちです。でも、そうじゃないだろ、と。営業する側もされる側も全員人間ですから、数字さえ追っていればいいわけではない。『自分はこういう生き方がしたいんだ』という目標に向かって生きることが『豊かな人生』だと。仕事はその目標を達成するための手段でしかない。お金稼ぎももちろん大切ですが、それ以外のバランスも取れた『豊かな人生』を送れることが一番重要だと考えています」
 豊かな人生をかっこよく。かっこよさとは、人を信頼でき、人に信頼されることだと成田は語る。
「ひとそれぞれ、イメージするかっこよさというのはあると思います。困っている時には頼りたくなるし、その人が困っていたら助けてあげたいと思える人物。私のイメージするかっこいい人とは、そういう人です。一方通行ではだめ。頼り頼られ、この人と一緒に喜びを分かち合いたい、と思ってもらえる人物。私もそう在りたいですね」
 成田が常に意識する「バランス」は、仕事の面でも重要な要素となっている。
「営業というのは、メンタルの仕事です。悪い時もあれば当然いい時もある。注意しなければいけないのは、むしろいい時で。調子がいい時に天狗になると、すぐに足元をすくわれる。私が若い子たちに営業を教えるときは、まさにこのいい時のメンタル維持の方法です。調子に乗らず、周囲への感謝を忘れない。そうすることで私も営業職として生き残ってきました」
 いい時と悪い時の振り幅を、いかに抑えるか。それは成田少年が抱えていた悩みでもある。君のしんどさは無駄ではないよ。少年のころの自分にそう語りかけているように感じた。

バランスを保ちつつ、目的地を目指して

 ビジネスをする以上、振り幅を抑えるだけで満足していられないのが実情だ。企業には必ず成長が求められる。成田は「自分のキャパシティを超えてしまうと、必ず人は潰れてしまう」としたうえで、どのように成長していくべきか語った。
「成長のために必要なのは、目的地を決めることだと考えています。例えば、40代を目前とした私の場合。週末は妻や子どもたちと外食に行ったり、何かのイベントでは家族旅行をしたり。会社の仲間と焼き鳥やサウナを楽しんだり。そういった生活を送りたい。そのために必要なお金や時間はどれくらいだろう、とまず考えます。
 生きていくための『ライスワーク』を稼ぐのは当然ですが、人生の豊かさにつながる『ライフワーク』をどう豊かにするか。そのためにどう働くか。目的地を定めたうえで考えることが成長には不可欠だと考えます」
 では、Next Evolutionの目的地はどこか。「3クラス分の事業を展開すること」と成田は言う。
「1クラス20名ぐらいですかね。それぞれ別の事業をするクラスを3つ。通信回線事業は1クラスとして出来上がりつつあるので、残りの2クラスをこれから5年かけて、作っていきたいです」
 自分は先生ではなく、あくまで生徒の代表だという成田。合同会社としたのも代表「取締役」ではなく代表「社員」でありたいという意志を込めた。Next Evolutionに集うのは、人生を共に豊かにしていく仲間だ。上下の関係は、そこには必要ない。
 そう遠くない未来、Next Evolutionが「学校」となっても、そこには「校長先生」は存在しないだろう。豊かな人生を仲間と共にかっこよく生きる「生徒代表」としての成田の姿が、ありありと目に浮かんだ。

プロフィール

成田寛(なりた かん)
1987年生まれ。大阪府豊中市出身。Next Evolution合同会社代表。
トラックドライバーや運転代行を経て、26歳で営業職に転身。
コロナ禍をきっかけに「挑戦するなら今しかない」と、33歳で独立。
2025年、通信回線営業代理業を担うNext Evolution合同会社を立ち上げる。
プライベートではサウナと焼き鳥を愛する。3人の娘たちの成長を感じることが何よりの喜び。

撮影協力:スタジオうえじ
【HP】https://studio-ueji.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/studio_ueji

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